テクノロジーが著しく進歩し、ビッグデータを扱う事が以前より簡単になったことで、先進的な企業はユーザー同意の元、ユーザーのデータを取得・活用して、ユーザー体験向上を目的とした施策を絶え間なく繰り返しています。
日本では DX (デジタルトランスフォーメーション)という言葉が認知度を高めている状況でしたが、緊急事態宣言を受けて今まで予測をしていなかった生活者の外出自粛などが起こり、DX が単なるバズワードでは無く、企業として今すぐ向き合わなければならないものになりました。
また、海外では数年前から Identity Marketing(アイデンティティ マーケティング)というワードを聞くようになりました。Identity Marketing / IDマーケティングは、単なるWEBマーケティングの手法というよりは、IDをベースにしたマーケティングを含むユーザーへのコミュニケーション最適化という言い方が個人的にはしっくりきます。
DX と IDマーケティング 、あまり並ぶことのない2つの単語ですが近年話題の Cookie や IDFA の話も交えて、この2つが密接な関係であるという事をまとめて記事にしました。
そもそも DX は何をするべきなのか
DX という言葉は非常に抽象的で捉え方も様々ですが、我々が考える企業が DX の為に進めるべき事は大きく分けて2つあります。
- あらゆる情報をデータ化できる基盤作り
- データを活用したユーザーとのコミュニケーション設計
そしてこれらの2つをつなげるために最適なものは IDです。
一方、個人情報保護という観点では、Cookie の規制や iOS のアップデートによる IDFA の取り扱い等、ユーザーの個人情報が守られる方向に世の中の流れが動いており、このトレンドは中国を除いて以前の流れに戻る事はないでしょう。
個人情報のトレンドを汲み取り、ユーザー同意の元あらゆる情報を取得・データ化し、IDをベースにしたユーザーへの最適なマーケティング・コミュニケーション設計により、ユーザー体験を向上させることが本当の意味でのDXとなるはずです。
あらゆる情報をデータ化できる基盤作り
ユーザー体験こそが最重要になる
従来型のマーケティングは広告からの新規流入獲得の思惑が強く、どちらかというと企業からユーザーへの一方的なメッセージが主流で、TVのCMをはじめ店舗のチラシやインターネットの広告もユーザー視点で見ると企業とユーザーの対話感は感じませんでした。
徐々にではあるものの、TVのCMであれば視聴者層、インターネットであればサイトの利用者層のデータを活用し、年代や性別に応じた広告が表示されるようになりましたが、精度が大きく向上したとは言い難く、ユーザー視点で見ると企業からの一方的なアプローチという点は、さほど変わらなかったといえます。
ところが、テクノロジーの進化によりデータの取得・活用が容易になった事、またユーザーと接する面が増えた事、さらにはコミュニケーションの手段が増えた事により、ざっくりした属性分けしたユーザーへのアプローチからより詳細な属性分けをしたユーザーへのアプローチが可能になりました。
商品を例に考えてみます。マーケティングの本質は商品を必要としている生活者に知ってもらう、もしくは今は必要としていない生活者に興味を持ってもらう事です。そのためには何故商品を作ったのかというストーリーや商品の品質、単純に値段や付加価値など様々な角度からのアプローチが必要です。
次に考える事は生活者にどのようなアプローチをするべきかになります。アプローチの精度を高めるために生活者という一括りではなく一人ひとりの生活者に最適なアプローチをする事が重要です。
このとき、性別や年代といった属性に加え、生活者が今どんな事に興味があるのか、今までにどんな商品を買ったのか、どんな商品を閲覧したかなど、情報があればあるほどアプローチの精度を高めることが可能になります。
精度の高いアプローチ(コミュニケーション) はユーザー体験を向上させるための必須要件なので、企業として今持っている情報だけを活用するのではなく、将来を見据えてユーザーのあらゆるデータを取得出来る仕組み作りとデータを格納する基盤作りが必要になります。
また既にある商品データも単なる商品データではなく、各プラットフォームへ連携できる柔軟なデータへ整備しておく事で、ユーザーのデータと掛け合わせる事によって実現できる施策の幅が広がります。
自社のシステム基盤に向き合う
私が実際にお客様と話をしていてよく目にするのは、「レガシーな基盤のためにWEBサイトのちょっとした改修に信じられないような費用と時間がかかることから、マーケティング担当者がやりたい施策はなかなか実現できない。特に中長期的な施策が全て後回しになり、ユーザー体験の向上ではなく目先の売上を上げようとする小手先の改修ばかりして全員が疲弊する」というケースです。
本当にユーザー体験を向上させるための DX を実現したいと思っているのであれば、未来への投資として場合によっては今ある基盤を全てリプレイスするくらいの思いが絶対に必要です。
厳しい言い方をするとハリボテにハリボテを重ねても負の遺産が積み上がるだけなので、経営陣はコンサルティングや代理店に丸投げするのではなく、まず始めに自分達の目で本質的な改善とは何なのかという事実に向き合わなければなりません。
コストを最小限に抑えた小手先の改善だけではなく、負の遺産をリセットするような将来に向けた基盤作りに投資をしない限り、マーケティングの打ち手が限られるだけでなく、施策全体のスピード感も遅くなり、結果的に競合他社との戦いは厳しくなるでしょう。
IDをベースにしたマーケティング・コミュニケーション設計のために
ユーザー体験を向上し、ユーザーとの関係性を高めていくためには、サービスが使いやすい→行動データが蓄積される→データを基に改善が行える、のループによりいかにサービス価値を高められるかが重要です。
そのためには下記の4点が必要になります。
- 多数の接点を持ち、何かしらのインセンティブを対価に行動データを取得する方法
- 属性データと行動データを掛け合わせて最適なタイミングで最適なコミュニケーションを図る方法
- ユーザーと担当者の気持ちを高められる施策
- 上記3つを高速でまわすノウハウと組織力
1.は実店舗・WEBサイト・プラットフォームなどユーザーと接するチャネルを増やし、ユーザーがどのチャネル経由でアクセスが多いか、どんな商品を閲覧しているかなどの行動データが取得出来る形が理想的です。
2.は1.をベースに、ユーザーが好むチャネルでのコミュニケーション出来る形が理想的です。
3.のユーザーと担当者の気持ちを高められる施策というのは、単純に売上のために手段を選ばないという事ではなく、ユーザーも担当者も双方のモチベーションが上がるであろう前向きな取り組みこそが最終的に最良の結果を生むはずです。
どれも簡単な事ではないのですが、難しいからこそいち早く実践していく事の価値があります。
特に1.と2.は企業自身で取り組むと言うよりは、SaaSを利用して解決する事が良いかもしれません。技術の進歩により今後、低価格で高性能なサービスが出てくるでしょう。企業としてはこの点に先行投資できるかどうかが大きな差を産みそうです。
そして上記を実現するためにまずするべきはユーザーと繋がること、サービスの申込・商品の購入に至らなかったユーザーとも繋がりを持つことです。
ユーザーと繋がるための一般的な方法は会員登録になるので、ユーザーの負担をなるべく減らす形、もしくは何かしらのインセンティブをつける形で会員登録してもらわなければなりません。会員登録画面では極力属性情報の入力は簡素化し、簡単に登録できる事が望ましいです。その点、メールアドレスなど一定の個人情報が取得できるソーシャルログインは、UI次第でユーザーが数タッチで会員登録が完了するので、非常に相性が良いです。
ソーシャルログインの有効性
ソーシャルログインは会員登録やログインを簡単にし、ユーザーの利便性が高まる事に加え、企業はユーザーがソーシャルログインで活用したプラットフォームを一つのチャネルとして活用できるようになります。
現時点でメッセージング機能を持っているプラットフォームはLINEとFacebookです。TwitterやInstagramもメッセージング機能は持っていますが、企業対個人ではなくどちらかというと個人間で利用されるものになるのでLINEとFacebookの2つを挙げました。
特に日本ではLINEが生活者のコミュニケーション基盤になっているため、LINEによるソーシャルログイン(LINEログイン)は、企業がユーザーとのコミュニケーションチャネルとしてLINEを活用するために外せない重要な施策になります。
IDマーケティングで取得すべきデータと注意点
取得すべきデータ
一般的な会員登録フォームの項目にあるような住所や年代などの属性データだけでは最適なコニュニケーションは難しいです。サービスに関わる行動データや今どんなものに興味があるのかなど旬な情報と組み合わせてはじめて最適なタイミングで最適なコミュニケーションができます。
WEBサイト上の行動データはツールの活用により取得できるようになっていますが、オフラインいわゆる実店舗がまだまだ難しい状況です。
日本だと実店舗ではこの施策、ECではこの施策というように担当者が分かれていて施策がバラバラだったり、実店舗とECのデータが統合されていない、そもそも実店舗のデータが購入以外ほとんどとれていないということが大半だと思います。
ここには2つの課題があると思ってます。1つは実店舗にデジタルを活用する人材の余力がない、もう1つはPOSがボトルネックになっているケースが多いと感じています。どちらもアクロバティックな解決方法はなく、企業が投資をする事でしか解決出来ないと思っています。前者は時間と共に高騰し、後者は技術の進歩で時間と共に安価になるのではないでしょうか。
企業は実店舗・ECのようにオフライン・オンラインを分けて考えるのではなく、実店舗もWEBサイトやプラットフォームと同様一つのチャネルとして考えることが一般化していくでしょう。その上でオンライン・オフライン含めてユーザーと多くの接点を持ち、ユーザーが進んで行動データを提供してくれるようなユーザーへのインセンティブを含めた設計が重要になってきます。
データ取得・活用の注意点
注意しなければいけない点としては、取得したデータの活用方法です。
取得したデータの活用によって、世の中がより良くなっているか、サービスのユーザー体験は向上しているかが重要になります。これが広告のためだけに使われる事は世の中の流れと真逆に行ってしまいます。
欧州では GDPR のように個人情報などデータへの関心が高く、いろいろな制限があります。Appleは元々個人情報に対しては非常に厳格な取り扱いをしており、広告を収益の基盤にしている Facebook と Google も、個人情報の保護を強化する方針を大きく打ち出しました。その反面、中国では国が主導してユーザーの行動データをサービスにフル活用しています。
中国の場合「世の中をよりよくするために」データが活用されており、ユーザーをそれを実感できているため、ユーザー自らデータの提供が積極的に行われています。広告だけに使われるのではなく、ユーザーが便利だと感じれるような体験を提供し、関係性を高める中で最適なタイミングで最適なコミュニケーションを行います。コミュニケーションの中には広告的なものもありますが、あくまで最適な一つのコミュニケーションとなっています。
国内の事例
日本国内ではPAL CLOSETのLINEミニアプリの施策はユーザー体験向上の見本というべき素晴らしい事例でした。企業目線でもライトユーザーとの接点を作るという意味では最良の施策となっています。
今までの会員カード発行は、店舗で紙に記入、もしくはアプリダウンロードなどユーザーの負担はもちろん、店舗側のオペレーションの負荷もありました。そういったユーザーと店舗の課題がテクノロジーにより全て解決されると共に、企業は最短距離でユーザーの会員化に成功し、データ取得と取得したデータを活用したLINEでのコミュニケーションが可能になります。
弊社も店頭でのQRコード読み込み→LINEログインでの会員証発行の事例を複数実現していますが、ミニアプリの登場によりさらなるユーザー体験の向上が実現可能になりました。
また、Nike Run Club のアプリはいろいろなインセンティブを用意して運動に関するデータを取得しています。ユーザーが進んでデータを提供したくなる設計は非常に参考になります。
継続的にアプリが利用されるよう、ランニング仲間を見つける機能や、無料で参加できるトレーニングのイベント開催など、単純な費用対効果ではなくユーザー体験の向上のための施策が次々と行われています。余談ですが Nike アプリのメッセージはちょっと多すぎる気がします。
まとめ
ユーザー視点で言えばオンライン・オフラインという考え方よりも、そのサービス・ブランドが好きか、また使いたいサービス・欲しいものを今どこで使う・買うのが一番便利かが重要になります。そのため、ユーザーに最適なタイミングで最適なチャネルを通じて最適なコンテンツを提供できる事が理想的です。
また、チャネル毎の使いやすさ・心地良さなどいわゆるユーザー体験により取得できる行動データの頻度・量が変わるため、ユーザー体験を高めるための、インセンティブや楽しさを考慮した行動データの取得設計が必要になります。
企業がより早いスピードで DX に取り組めるよう、ボトルネックになっている点を企業努力だけでなく、課題解決を支援出来る様々な SaaS が登場すれば、今よりもより心地良い世の中が思ったよりも早く来るかもしれません。
その先にはマーケティング担当者が自社のシステムに対して考える時間が減り、ユーザーとのコミュニケーションをもっと自由に、もっとたくさんの方法でユーザー体験向上の施策を考えることに専念出来る日が来るはずです。